英雄豪傑が各地に輩出し、互いに覇をきそいあった戦国の世、四国土佐の片田舎に野望に燃えた若者がいた。その名は長曽我部元親。わずか一郡の領主でしかなかった彼が、武力調略ないまぜて土佐一国を制するや、近隣諸国へなだれ込んだ。四国を征服し、あわよくば京へ…。が、そこでは織田信長が隆盛の時を迎えんとしていた。 もし、おれが僻地の土佐ではなく東海の地に生れていたならば…長曽我部元親は嘆く。強盛を誇った信長が斃れても、素早く跡を襲った豊臣秀吉によって、営々と築きあげてきた四国に侵略の手が伸びてきた。そして再び土佐一国に、押し込められようとしている―土佐に興り、四国全土を席巻した風雲児の生涯。amazonでの評価は高い☆4〜5。さすがは司馬遼太郎。
でもあたしの評価は☆1つ。多くつけても☆2つまで。
まず主人公である元親に魅力がない。
司馬の描く元親は権謀術数を駆使し、戦が始まる前の段階で自分が勝っているという状態になっていなければ討ってでない。
それもこれも元来の臆病な性格あってのこと――
そんなことは大将たるもの古今東西を問わずに大なり小なりそういうものであろう。孫子のいう「戦わずして勝つ」というやつだ。
武と勇にだけ逸るのは匹夫の勇であって大将のそれではない。少し臆病なほうが良い。
そして司馬の元親はその権謀術数を持ってして勝利した後、つまりは敵を武ではなく謀略でもって陥れたわけであるから自己嫌悪に陥る。
それはそれでいい。自己の矛盾した思いと考えと行動、理性と欲について何かと葛藤する姿は人間らしさと魅力を溢れ出させる。
正義が勝つのではなく、勝ったものが正義なのだ――とわかっていても悩み苦しむ。
なのにその心中の悩み、葛藤及び、権謀術数、戦の描かれ方が常に中途半端。
中途半端にスゴいのかスゴくないのかわからぬ権謀術数に、戦はいつの間にか終わっていたり、突然数年経っていたり。
さらに元親は中央に対するコンプレックスの塊で井の中の蛙な己と育った土佐を卑下する田舎者。
田舎であろうとも自分の生まれ育った土佐は素晴らしいところだ!――との郷土に対する誇りもない。何故彼が天下を望むのか、その志も中途半端なら、運命に抗って抗ってそれでも堕ちていくのではなく、運命に抗いもせずに堕ちていく姿も、何に共感すれば良いのやら。
主要となるはずの人物も中途半端にいつの間にか死んでいたり、含みを持たせて登場した人物は、そのままその他大勢の1人に成り果てていたり。
小説自体は元親の嫁取りの話から始まるから、幼少の頃の話はなく、姫若子(元親)初陣の話も妻への寝物語として聞かせてやる程度。
その妻、正室菜々も折角武家の女らしからぬ粗忽で後先考えない変わり者――という性格設定と名前まで与えられていながら最後まで気がきかないお馬鹿さんだし、いつの間にか死んでいるし。
何故、司馬が元親を主人公にして小説を書こうとしたのかわからない。
坂本龍馬の小説を書くときに色々と土佐のことを調べていたら、否応なく元親のことが出てきてその人のことを知り、マイナーな人物を取り上げる自分に酔って、「俺って物知り〜♪」――と得た知識を披露し、衆人の蒙を啓きたかったのかしら。
真新しい、「へえ」と唸るような情報は皆無だけれど。
なのに途中に余談と筆者の考えとして述べる事柄が多すぎ。
大体、「これでもってこの小説はおわるが〜〜」って締めは小説として如何よ?
そしてその後にまた筆者の考えをツラツラと書くなんて………それは小説の中で表現してください。
――とここまで書いて気付いた、司馬の文章から元親に対する愛が感じられないのだ。
この人物のことが好きだから広く皆に知ってもらいたい!
この人物に関して自分はこんな風な魅力を感じている。
良い部分も悪い部分も強い部分も弱い部分も皆大好きなんだ!
それが正しいか正しくないか、正しい答えなんてわからないけれど……大好きなんだよ〜ッ!!!!!
――って熱い思いが司馬の文章から伝わってこない。
その気持ちが中立に書いているつもりながら伝わってくるくらいの筆力がないから、読んでいるあたしとしては引き込まれない。魅力を感じない。
きっと司馬自身が元親に愛以前に魅力を感じていないんだな。
なら仕様が無いや。☆1つ。