Author:美樹 マンガスキーで歴史スキーで相撲スキーで野球スキー。ちょいと腐女子なギャンブラー。「傍観者の旅人になりたい」らしい。Thanks BBS HIT!! ◇◇◇武田四郎勝頼1546−1582/03/11(新暦04/03)お屋形様。(実際は陣代)武田信玄の四男。母は諏訪御寮人。強攻策を持って領土を広げるも長篠の合戦で敗れて以降家臣団が瓦解し武田家は斜陽。親類家臣将兵が次々と裏切り逃亡し追い詰められる中、天目山を目指すも、目前の田野で織田勢の大軍を僅かな手勢(女子供含めて40余名)で奮闘した後に自刃。「強すぎる大将」(@甲陽軍鑑)仁科五郎盛信1557−1582/03/02(新暦03/25)薩摩守。花の若武者。武田信玄の五男。母は油川夫人。親類家臣将兵が次々と裏切り逃亡する中、兄勝頼に尽くし、兵3000で籠もる高遠城を信長の嫡男・信忠率いる5万の大軍に包囲され奮闘した後、降伏勧告を拒否し最後まで抵抗し討死(自刃)。土屋惣蔵昌恒1556−1582/03/11(新暦04/03)右衛門尉。勝頼に最後まで付き従い、自刃する間の時間を稼ぎ織田勢と戦い奮戦した後討死。この際、峡い崖道で片手を蔦に絡ませ崖下へ転落しない様にし、片手で戦い続けたことから、後に「片手千人斬り」の異名をとる。真田源五郎昌幸1547−1611/06/04(新暦07/13)安房守。「表裏比興の者」と評された稀代の謀将。武田家滅亡の後独立。上田合戦で二度にわたって徳川軍を多勢に無勢で撃退。関が原の合戦後紀伊九度山に流され、真田紐を作成して販売したらしい。(画像は「信長の野望」@KOEI)・他の武将も気分によって登場。・小宮山内膳佑友晴も出したいけど画像が……
2008'07'27(Sun)21:34
2008'07'27(Sun)02:34
2008'07'26(Sat)03:39
2008'07'25(Fri)03:26
2008'07'24(Thu)03:29